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委員長      山下   憲太郎

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サマーコンファレンスとは?

 

 

(社)日本青年会議所が主催するコンベンションには主に3つあり、その位置づけは次のようなものです。すなわち、

 

1.京 都 会 議(1月):会頭の運動方針をメンバー皆が確認する場であり、これに基づいて1年のスタートを切る場である。

2.サマーコンファレンス(7月):その年の事業の成果を発表し提言する場である。

3.全国会員大会(10月):1年間の集大成を行い、次年度へ橋渡しをする場である。

 

というものです。こうして見るとおわかりになると思いますが、

 

「サマーコンファレンス」とは、

 

年度事業について言えば事実上の集大成を行い、提言をする場であると言えるでしょう。そして、その手法として、JC全体としての全体会議や、各委員会・LOMとしてのセミナー開催ブース出展が行われているのです。ですから、JC運動を前向きに考えるならば、ことサマーコンファレンスについては、諸々のプログラムに是非参加してほしいものである訳です。

 

 

 

サマーコンファレンスの歴史

 

 サマーコンファレンスの歴史はその前身から見ると意外と古く、その端は1966(昭和41)年の第1回政治問題セミナーに始まります。当時、日本は戦後20年を経過し、東京オリンピックを節目に新たな経済大国の道を歩み始めていました。戦後の経済復興を担う若手実業家の集まりであった青年会議所も自ずとその視野を広げ国の将来や世界の中の日本を意識するようになっていたのです。さて、時の辻会頭は前年度の遠山会頭が労音対策を通じて政治意識に目覚めさせたのを受けて政治問題に取り組み出しました。それはその年の春に田中彰治事件が明るみに出、政界の黒い霧問題が巷の話題をさらい、国民の間には政治に対する不信感、疎外感が充満していたことから、また一方で青年会議所は政治問題、とくに選挙については一党一派に偏してはならないという基本原則によって積極的には介入することはなかったという情勢の中で、従来のあり方を破る挙に出たものだったのです。そこで、当時の若手政治家の多くが夏場避暑に軽井沢に多く集まることに注目し、この期を利用して軽井沢に出向き、政治問題についてセミナーを開いて、彼らの国や世界に対する意見を聞き、また意見交換をすることによって当時の国の方向や世界の動きを知ろうということで、このセミナーが開催されることになったのです。当時の心境を辻会頭は「特に田舎では何をするにも政治というものが非常につよく影響しますので、ひとつ政治というものを団体として勉強してみよう。特に政治に対する不信感が強い時だけにやらねばいけないと思ったのです。そうたきつけたのが、常任理事をしていた牛尾さんなんで、それに柳沢副会頭、神野君も副会頭と人材がそろっていたもんですから・・・」と説明されています。

このセミナーは1969年の第4回まで行われ、1970年米原会頭から国家問題セミナー・会議と模様替えをして、もっと大きなテーマで開催されるようになりました。

1977年まで(これを第1期としています)の開催概要について記しておきます。

第1回政治問題セミナー:1966年8月24〜26日於軽井沢・晴山ホテル120名参加

第2回政治問題セミナー:1967年9月27〜29日 於東京

第3回政治問題セミナー:1968年8月9〜11日

於東京「世界の中の日本・アジアの中の日本」を討議 211名参加

第4回政治問題セミナー:1969年7月18〜20日

於東京、安保・沖縄を中心に討議265名参加

国家問題セミナー   :1970年7月8〜10日 於東京

1973国家問題会議:1973年7月15日      於東京                    358名参加

1974国家問題会議:1974年7月26日      於東京                    486名参加

1975国家問題会議:1975年7月25〜27日於東京       三木首相出席600名参加

1976国家問題会議:1976年3月27〜28日於東京

「新しい秩序を求めて―自由社会における公と私」のテーマのもと3つの提言を行う460名参加

1977国家問題会議:1977年7月23日

於東京「活力ある自由社会をめざして」1000名参加

 

政治問題セミナー、国家問題会議として推移してきたこの会議は、1978年麻生太郎会頭の代、大きな変貌を遂げ第2期に入ります。この年、日本の国益を考え、発言する青年経済人を目標に掲げたその年の事業計画に沿って、7月29日東京プリンスホテルで「日本の安全」をテーマに第1回青年経済人会議が全国から1150名が参加して開催されたのです。「青年経済人会議」という名称は、この後1994年にサマーコンファレンスと名称変更されるまで用いられることになります。また、今日JCメンバーを「青年経済人」と呼称していますが、この呼び名もこの時から始まったものです。

以下、第2期・第3期の各期の特徴と年度毎のテーマを一覧でご紹介いたします。

 

◇第2期:主として日本の防衛と安全がテーマとされる。

 

◇第3期:地域の活性化・地域新時代そして連邦国家へ

 

  ※開催地は1990年以外すべて東京、1990年のみ

 

大阪この青年経済人会議は、このように当初の国の政治・経済を中心としたものから、次第に地方分権に対しても政府、与・野党と意見を交わし国家的レベルでの提言を行うものへと変化していったのです。

 

最後に、第4期・第5期の各期の特徴と年度毎のテーマを以下に一覧でご紹介いたしましょう。

 

◇第4期:地球市民時代の幕開けと自己改革

 

1991年:リストラ日本(ニッポン)

 

1992年:グローバル・スピリット−ふみだそう!自立と貢献への道

 

1993年:輝け!まちの地球市民−が、が創り出す「地域主権社会」の到来!1994年:今こそ始めよう!地球市民としての行動を!

 

1995年:確かめよう 新しい地球市民の時代を先駆けよう この星の未来に向けて

 

 

◇第5期:地球市民の時代の定着から新人間社会の創造へ

 

1996年:「絆の時代」−共に創ろう愛ある新人間社会−

 

1997年: とどけ! 地域主権小さなデモクラシーのにのせて

 

1998年: 立ち上がれ!市民の『歴史』が始まる!!

      〜「心のスタンダード」を胸に いま、行動のとき〜

 

1999年: 動き出した日本 市民が主役の新時代今、「動」の時代!−行動・躍動・感動−

 

2000年:「創造的破壊」への挑戦 よみがえれ!誇りと活力。今我々が「若くはつらつとした日本」を創る

 

2001年: 日本の進化へ いまこそ決断の時〜確固たる「自己」と「存在意義」の確立〜

 

2002年: 新JC創世記 今 確固たるかたちへ〜Live togethe 一緒に生きてゆこうよ〜

 

2003年:「日本改新」へのソリューション〜50,000通りの“志”が新しい日本を創りだす〜

 

2004年: FUN to TRY Slow Society! 〜スローソサエティを楽しもう〜  

 

2005年: New Generationが日本を変える〜今ここから社会変革の鼓動が拡がる〜

 

2006年: まきおこせ!市民意識変革のムーブメント〜志の波が「美しき日本」を呼び覚ます〜

 

2007年:「日本の力」発信!

 

2008年:「気高き日本」創造へのコミットメント!

       〜市民の活力(ちから)が地域を創る、ローカルコミュニティー復活!〜

 

2009年:「真日本国建国」へ舵をきれ!!

       〜開港の力無限の可能性のある未来へ向けて〜

 

2010年:「時代を切り拓く!NEXT STAGEへ」

       〜私たちの選択から「世界に輝く日本」に向けて〜

 

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